悟った人の体験(アトマ・サクシャトカラ体験)と、ディバインの物理的顕現の体験(バガヴァット・サクシャトカラ体験)が、毎日、シュリ バガヴァンご本人の投稿により英語でテレグラムにアップされます。
シュリ バガヴァンの臨在と祝福をとても強く感じます。ぜひどうぞお入りください。
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Family of the Great Compassionate Light‐Gifting Awakening‐International
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ナマステ
私の名前はオスカル・レケルメ、チリ人です。
職業は民間のコンピューターの技術者です。
瞑想とスピリチュアリティは大学時代から興味のあるテーマで、ワンネスとその創始者であるシュリ・アンマバガヴァンに出会ったのもそのためでした。何年もの間、私は自分の内面と外面の世界から学び、成長し続ける方法として、インドで開催されるワンネスのプログラムに参加してきましたし、現在はオンラインでも参加しています。
最近、3日間のプログラムと74,000 ディクシャ・ヤグニャのメンバーシップに参加しましたが、私の人生体験にどのような変容が起こっているかを観察しています。いくらかをお話しますと、マインドがより穏やかに感じられるにつれ、ストーリーを引きずることがなくなり、たとえストーリーが現れたとしても数時間で終わり、長くは続かないということを感じました。
一方、私の仕事においては、より明確で、よりエネルギーがあり、恐れが減りや人生に快適を感じます。関係性においてもより愛情を感じるようになりました。
1ヶ月と少し前、今年の7月に私は自宅で事故に遭いました。強火の食用油で揚げ物をしていたところ、揚げ物をしていた生地の一つのために油に少し水が入り、数秒後に鍋の中で油が爆発し、四方八方に飛び散り、私の体に向かってきました。
爆発の時、私の体は鍋からわずか数センチしか離れておらず、油のかなりの部分が私の左手と前腕に落ち、顔と右腕にも数滴の油が落ちました。
数秒間はショックを受けていましたが、その後、冷静さが生じてきて、状況に対応できる状態になりました。妻にはウーバーを頼んでもらい、同居している友人にはこのような場合の対処法を調べてもらいました。
救急病院に行きましたが、激しい痛みにもかかわらず、マインドからのコメントがなく、そこにはただ痛みがあるだけと感じました。私の意図はただ、ディヴァインに最善の注意を払ってもらい、手に後遺症が残らないようにお願いすることだけでした。火傷のため、私は火傷専門の病院を紹介され、そこに入院しました。
入院は1日だけでしたが、その間、不安な気持ちはあったものの、すべてがうまくいっていて心配する必要はないというような、言葉では言い表せない静けさや落ち着きを感じていました。日中は面白いことがありました。看護師や補助スタッフ、医師が私に「テレビを見たいですか」と言うのです。でも、私はとても落ち着いていたので、見たくありませんでした...最終的に私は「OK」と言いましたが、テレビには何か面白いものを映しました。
この出来事から今日に至るまで、私は手の回復の早さを実感しました。そして仕事にも復帰しました。自分の手を見ていると、バガヴァンの「すべては自動的に起こっています」という教えが目に浮かびます。私は皮膚の再生のために(最低限のケアのみで)何もしていないので、体が自然に治癒していく様子を見て、とても感謝しています。
退院して数日後、私を治療して傷を治してくれた医師が、火傷の分野で全国的に参照されている医師であることを知りました。それを聞いて、すべてが恩寵によって整えられていることに感謝の気持ちが高まりました。
人生は変容しつつあり、より至福なものになっていると感じています。人生の事件にもかかわらず、より多くの喜びがあり、すべてがうまくいくという信頼感があります。私が経験したこの変化は、言葉では言い表せないほどの贈り物で、アンマバガヴァンに感謝します。この状態に大きな感謝の気持ちを抱いています。
(訳者:松山)
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ナマステ🙏
シュリ・アンマバガヴァン シャラナム 🙏
✨バガヴァット・サクシャットカラム体験✨
* 濁っていた井戸水が、プロセスの後に透明になりました。*
井戸の水は黒い色をしていました。プージャの一週間前、私はこの問題を解決するために主に祈りました。私はテンダーココナッツ(柔らかい緑色のココナッツ)を主に捧げることを約束しました。
プージャ後の夜に、主は私の夢の中でテンダーココナッツを見せてくれました。次の日には夢が叶い、井戸水は澄んでいました。
その後、奇跡の雨が降り始めました。アンマバガヴァンは、私シュリムルティの前に置いたお供え物を受け入れ始めました。
主は、ドーサとチャツネ、バナナフライ、乳製品、フルーツ、マフィン 、乳製品のミルクを召し上がりました。
最近、私たちはシュリムルティの前にラッシーを置いていました。私はスプーンを置くのを忘れてしまいましたが、主は台所からスプーンを持ってきて、スプーン2杯分のラッシーを召し上がりました。
私たちの家族は今とても幸せです。とてつもない喜びと愛があります。私たちの関係性は劇的に改善しました。
私たちに愛と慈悲を与えてくれたアンマバガヴァンに心から感謝します。🙏🙏🙏
アンマバガヴァン 、愛しています。
蓮花のおみ足の元に、永遠に。
🙏🙇♀️
(訳者:中川)
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ナマステ
奇跡的な体験をシェアいたします
パンデミックを通して、私はリモートで働く機会がありました。トルコのエーゲ海側で山火事が発生したときは、家族と別荘にいました。
山火事は、私たちの別荘がある丘のすぐ後ろで起きました。火はどんどん大きくなり、美しい森の広大な面積を焼き尽くしました。
私は、この間ずっと、私たちの国のかけがえのないワンネスのリーダーや、ワンネスファミリー全員と連絡を取り合っていました。
この過程を通して、シュリ・バガヴァンから沢山の奇跡をいただきました。記憶の限りシェアしたいと思います。
火災が発生した最初の2日間、私たちは家を出るように言われました ― 火がものすごく近くに迫っていました。私は家族と一緒に緊急避難所に留まり、家のすぐ後ろで火が燃え、火がどんどん近づいて来るのを全員で見ていました。恐怖を感じましたが、自分がその時その場にいるのには理由があると感じていました。私は祈り続け、ムーラマントラを唱え続けました。もう危ない、というその瞬間、私は奇跡的にシュリ・バガヴァンと繋がりました。頭の中で、「恐れることはない。我が子よ、あなたは守られています」というバガヴァンの声が聞こえました。その瞬間、バガヴァンが私の右肩のすぐ後ろに立っていることに気付きました。バガヴァンは、右手の2本の指で私の肩に触れました。その特別な瞬間に、私は祝福され守られている、と感じました。私は火に向かって手をかざしディクシャを行い、「止まってください」と火に頼みました ― どうかこの丘を越えないでください、と。そのとき、2本の火の手が走っており、1本は私たちの家を通り、もう1本は私の愛する祖母のお墓を通過しようとしていました。私たちは待ち、そして見守っていました。夜通し待たねばなりませんでした。暗闇の中で飛行機はありませんでした。消防士とボランティアの人たちだけが飛ぶことができました。
シュリ・バガヴァンに触れていただいた後、あらゆる風が私たちの味方をしてくれていると気付きました。9日間続いた風のおかげで、全ての人々が守られました。とても思いがけない7月の風でした。私の別荘の付近は、人が暮らしている大きなエリアの始まりの場所になります。なので、もし火が丘を越えたら、私の家のみならず全域が壊滅したでしょう。シュリ・バガヴァンの守護は、まるで門番のようでした。
火事の3日目に、74000ディクシャヤグニャ ― ムクティモクシャ・クラスが、ありました。私は電源とインターネットを見つけ、何とか参加できました。私は祝福を受け、クラスの後は家の外に出ませんでした。火は8日間続きました。別荘に戻ってからは、私は全域が見渡せる屋根で祈りました。家の屋根で360°の円を描きながら、私は祈り、ムーラマントラを唱え、ディクシャをしました。火事の後、誰もが驚いたのですが、その輪の中に炎は入って来れませんでした。
この過程を通して、自分には使命があり、その時にその場所にいるようになっていたのだとわかっていました。もちろん、救済と寄付の両方に参加しましたが、自分には一層深い使命があり、それが奇跡として完了したと今でも感じています。🙏✨
この山火事はまだ記憶に新しく影響はまだ続いていますが、できるだけ早くこの奇跡をシェアしたいと思いました。
私は、ワンネスファミリーの一員として祝福されています。シュリ・アンマバガヴァン、ありがとうございます。私と一緒に祈り続けてくれた友人たち、親愛なるガイドのリーラさんに感謝しています。私は祝福され、シュリ・アンマバガヴァンの奇跡に包まれています。🙏
(訳者:新海)
★本日の写真
本日、️シュリ バガヴァンご本人の投稿により、テレグラムにアップされた写真です!
https://t.me/The_Great_Compassionate_Light/15956
(8/29日写真1-8のテレグラムURL)
https://t.me/The_Great_Compassionate_Light/15965
(8/29日写真9-12のテレグラムURL)