悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
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シュリ アンマ バガヴァン シャラナム
ナマステ、ムンバイのジャヤンティ スニルです。
2020年1月からシュリ バガヴァット ダルマと共におります。
このダルマに出会ったとき、私は下の息子が自閉症スペクトラムであることや なぜこんなにも多くの苦しみに直面しなければならないのかという苦しみの中におりました。
私は彼を公の場に連れて行くのは好きではありませんでした。なぜなら他の人々や社会からの疎外感に苦しんでいたからです。
こうした状態の中で、私は彼の人生に奇跡が起こり これが治ることだけを求めて、このダルマに入りました。
今日、すべてのプロセス、ハヴァン、ムクティ モクシャ ヤグナ、ダルシャンに参加した後、私たちのシュリ アンマ バガヴァンは 私の苦しみを解消し、深遠なパラム(至高)の状態で私を祝福してくださいました。今日、息子が飛び跳ねたり不適切に振舞ったりしても、私はただ人類の過去世から流れてきている映画として目撃し、彼をディヴァインの顕現そのものとして見ることができるので、私は変容し、苦しみから解き放たれていられるのです。
そして、この愛と喜びの深遠なパラム(至高)の状態で、彼の人生は 毎瞬ごとに奇跡が起こっているかのように好転しています。
私の息子シュリカーへの深い感謝の気持ちを込めて、以下 シェアを始めたいと思います。
⚜️ 苦しみがない
すべての苦しみ - 私はそれをただ「人類全体の」苦しみとして見ています。
そして、それがやってくると、私は本当に深く入り込み、ありのままを体験することができます。
この状態では、個人が苦しんでいるという感覚はありません。それは主に、生まれ持ったむき出しの純粋な痛みです。
そして、その状態においても、私の外側の振る舞いには中立性があります。
内側では体験していますが、外側では個人的な問題なしに 遂行することができています。
その時に仕事があれば、私はただ仕事をして、どこで止めたかを忘れずに その痛みを体験することに戻ります。
それが完了するまで 継続することになります。
⚜️ 持ち越しがない - 何が来ても、数秒のうちに消え去ります。
そして、何も自分のものではないという認識が残ります。
⚜️ 葛藤がない
自分の内側にある葛藤を見るとすぐに、それは消え去ります。
見ることが自動的に起こり、 数秒のうちに葛藤はなくなります。
それは現れるとすぐに、消えていきます。
⚜️ 比較がない
私の内なる状態は、「ワンネス」であり、その状態では、すべての体験が - 「私はそれです、私はそれです。」と感じられます。
私の見るところ、あらゆるものは自分の内側からのみ やってきます。
ですから、外側には比較する人はおりません。
このパラム(至高)の認識により、他者を私と感じる完全なワンネスが存在するので、比較はすぐに止まります。
⚜️ 傷つかない、チャージがない、罪悪感がない
もう 何も個人的なものではありません。
私は、自分の反対側に立って話している人の痛みを体験することができます。私は存在しませんが、他者は存在していて、私はその瞬間に彼らを体験しているだけだと知っています。
ですから、私がそれらを体験しているとき、私が彼らに話すことは自然に彼らの(抱えている)重荷のことなので、彼らは「そうです、私の人生でも同じことが起きています。」と言い始めます。
ですから、どんな会話をしていても、他者は私でしかないと感じます。
分離はありません。
ですから、なんであってもそこにあるものは、そこにあります。
体験することで、何もかも消え去ります。
⚜️ 恐れがない
ワンネスの状態が深まると、自分に何が起こるのか、死後 どこに行くのか、どのローカ(領域)に行くのか、そのような恐れはありません。
認識として、そして 数々の神秘的な体験を通して、私のアンタリヤーミン(内在するもの)は、私がすべてのローカに同時に存在していることを示してくれました。
そして私の体験もまた同じです。
ですから、未来や死、またはそのようなものへの恐れは存在しません。
究極の自己と共に ワンネスしか存在しません。
そしてこのパラム(至高)の状態では、物質的な生活にも恐れは現れません。
⚜️ ジャッジがない
パラム(至高の状態)において - 悟りやワンネスの状態が深まるにつれて、他者をジャッジすることはなくなります。他者は自分自身でしかないからです。
しかし、イハム(この世)においては、私はその時の必要に応じて機能します。
もし 私が誰かを解雇しなければならないなら、私はそれを行います。
完全な明確さと冷静さがあり、いかなる葛藤もありません。
同じように、子供たちや家族などに対応するといった、物質的な生活の日常的な機能においても同様です。
⚜️ 内なる対話がない
イハム(この世)の観点からすると - 内なるおしゃべり、対話はありません。
パラム(至高の状態)の観点からすると - 私はあらゆる形のディヴァイン(聖なる存在)と常に交流しており、この交流は私の内側から起こります。
これは今の私にとっての瞑想であり、祈りであり、それはいつも起こっていると言えます。
⚜️ 思考、マインド、セルフと同一視しない
神秘的な体験を経て、私は思考がどのように移動しているか、そして、他者がそれをいかに自分の思考だと思っているのかを とても明確に見ることができます。けれども、思考は単に一方から他方へと流れているだけなのです。
私は実際にその思考を見ています。
しかし、セルフや思考との完全な脱同一視が起こりました。
マインドは必要なときだけやってきて、去っていきます。
けれども、そこでさらに 私はアンタリヤーミンによる完全な掌握を見ることができます。
アンタリヤーミンがガイドしてくださるので、指示は非常に明確です。
ほとんどの場合、どの店に行くべきか、どの番号にダイヤルすべきか、どの家に何時に入るべきか、といったことです。
誰と話すべきか、誰を避けるべきか、何もかもがアンタリヤーミンからの導きとして流れてきます。
ですから、マインドの干渉はどこにも見られません。
⚜️ 静けさ
どんなことがあろうとも、常に深い静寂があります。
外側の状況は、もはやこの内側の静寂を妨げることはありません。
⚜️ エネルギー
これらすべてにより、より多くのことを達成し、自分の子供たちとより多くのことをするためのエネルギー状態がより高くなっているのがわかります、
私は自閉症の息子に、さまざまなレベルの熱意と明確さをもって接することができ、これによって、彼の進歩は計り知れず、信じられないほどです。
以前はくたびれる一日のように感じ、エネルギーをすべて吸い取られるように感じていましたが、今では彼により多くを与えています。そして、それをポジティブに神聖に行っています。
一日は、このような高いエネルギーレベルで 幸福感と喜びに満ちているように思えますが、完全な静けさと中立性があります。
⚜️ 目撃
目撃することは、一瞬一瞬永続的に起こっている唯一の状態です。
その状態においては、小さなセルフ(自己)はまったく存在しません。
ただ目撃することだけが存在しています。
⚜️ 存在(プレゼンス)
プレゼンス(存在そのものの感覚)がより深まり、私はもはや「至高の自己」と異なる方法で自己を見ません。
ワンネスの感覚が、プレゼンス(存在そのものの感覚)にも寄与しています。
(訳者:中島)
本日の写真
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体験の朗読
悟りの体験(ア-トマ・サクシャッカ-ラ)