悟りの体験(アートマ・サクシャッカーラ)
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ナマステ、グジャラート州アーメダバード出身のバルサラ・ピライと申します。
1997年にバガヴァット・ダルマに入りました。
親しい友人の一人が、私にシュリ・アンマ・バガヴァンを愛情深く紹介してくれました。
彼女はヴァラヤーニャ・プロセスに連れて行ってくれましたが、そのプロセスで自分が選ばれた者であるという深い気づきを得ました。
その瞬間、私の中の何かが変わりました。
それ以来、私はダルマとセヴァに完全に関わり、アンマ・バガヴァンとの旅が始まりました。
今は働いておりませんが、職業は教師でした。
私には素晴らしい娘がいます。
娘はコールインディア(インドの公営企業であり、世界最大の政府所有の石炭生産者)で環境エンジニアとして働いており、ジャールカンド州ランチに赴任しています。
ダルマに入ってから、私たちの人生はより有意義なものになりました。
確かに困難もありましたが、アンマ・バガヴァンはいつも私たちを守り、導き、神聖なる配慮の下においてくださいました。
様々なプロセスに参加するうちに、少しずつ内面が深く変化していくのを体験させていただくようになりました。
自分のチャージが解消され始め、ハートが開花していることに気づき始めました。
周りの人々により敏感になりました。
人々とより深くつながるようになりました。
祈りは、ハートからまっすぐに湧き出るようになりました。
多くの人が困ったときに私に電話をかけてきて、祈ってほしいと頼むようになりました。
あるときは、祈りが自然に流れていきました。
そうでないときもありました。
けれども、私はただ身を委ね、信頼して祈り続けました。
シュリ・バガヴァンのムクティ・モクシャ・クラスに参加することで、私の状態は深まり、新しい洞察が生まれました。
私の中で一貫している状態は、静寂の状態です。
深い静寂と集中があります。
もう、もがいたり抵抗したりしていません。
ただ聖なるディヴァインの意志とともに流れていると感じております。
人生は軽く感じられ、恐れや不安もなく、ありのままを受け入れることができます。
完成した感覚があります。
不満も抵抗もありません。
ディヴァインの腕に優しく抱かれながら、ただ人生とともに流れているのです。
ダーサジの神聖な導きによる11日間のムクティ・プロセスは、私にとって人生を変容させる旅でした。
一瞬一瞬、アンマ・バガヴァンの愛と恩寵とご臨在に浸っておりました。
アンマは最初から、ムクティの状態を他の人々に伝えるという彼らのビジョンに参加することが、どれほど本当に祝福され、選ばれたことなのかを、私に気づかせてくださいました。
私の世俗的な願望はすべて叶えられ、人生を通して、喜びのときも悲しみのときも、アンマ・バガヴァンは私のそばにしっかりと寄り添ってくださいました。特に最も困難な時には、揺るぎない愛で私の手を握ってくださいました。
私のハートは感謝の気持ちで溢れ、神聖な両親に永遠の幾千万のおみ足へのご挨拶を捧げております。
このプロセスの間、アンマ・バガヴァンは私が特定の人々と共有しているカルマの絆を明らかにし、ダルマの中で何人かの個人に対して親しみを感じる深い理由を理解させてくださいました。
これは私の中に計り知れない平安と明晰さをもたらしました。
大きな気づきがあったのは、アンマ・バガヴァンが、娘に対する私の強い執着が苦しみを生み、私のジーヴァン・ムクティ(今生に精神的な自由や悟りを達成すること)の障害になっていることをお示しいただいた時でした。
アンマ・バガヴァンは、「私が母親として可能なことはすべてやり尽くしてきて、今こそそれを手放し、パラムジョッティを完全に信頼するときです。」と、愛情深く私に断言してくださいました。
私は文字通り、パラムジョッティがこの子をいつも守ってくださるという神聖な保証を体験したのです。
安堵の涙を流しながら、私はようやく執着を解き放ち、人生の崇高な目的に身を委ねることができました。
ある日、私はとても不思議な、しかし美しい体験をしました。
シャバーサナで横になっているとき、蚊に邪魔されたのですが、突然、蚊と完全に一体化したように感じたのです。
もう苛立ちはありませんでした。
周りの音と一体になりました。
体はじっと横たわっていましたが、私の意識は自由で、楽しくさまよっておりました。
別の日、大好きなバジャン『ナラヤナ・バガヴァン』が流れているとき、私は自分が溶けていくように感じました。
自己の感覚を一切失い、足が痛くなって初めて、再び自分の身体を意識したのです。
深い静寂の中で、孔雀の鳴き声、餌を求める鳥の声、スズメのさえずりが聞こえ、すべての音にパラムジョッティが宿っておられるような、すべてが神聖なものに感じられました。
それ以来、自分の感覚の働きが変わっていることに気づかされました。
以前のように同時にいくつもの作業ができなくなったのです。
アンマ・バガヴァンにお会いしてからは、他のことには何も意識が向かなくなりました。
私は人生に完全に存在しております。
料理をするとき、料理をしていますし、聴くとき、私は聴いているのです。
シュリ・バガヴァンがおっしゃるように、ムクティとは一杯の水を飲むことにほかなりません。
小さな日常の仕事が私に喜びを与えてくれます。
アンマ・バガヴァンを私のアンタリアーミンとして、一瞬一瞬を生きることで、私たちが身をゆだねれば不可能なことなど何もないのだ。と気づかせていただきました。
アンマ・バガヴァンは、私の人生のすべてを完璧に調整してくださっています。
彼らの慈悲、恩寵、絶え間ないプレゼンスが、私の人生の一歩一歩を導いておられるのです。
深い感謝とシャラナガティ(完全なる委ね)、そして永遠の愛を込めて、
私は永遠にアンマ・バガヴァン、あなたの蓮の御み足にとどまらせていただきます。
(訳者:菅)
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体験の朗読
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